CAREER
警察官になる
1990年1月 〜 1992年1月
18歳で警察官になりました。右も左もわからないまま、まずは交番勤務です。110番が鳴けば走り、転べば怒られ、また走る。そういう毎日でした。柔道4段で体力だけはありましたから、怒られようがこけようが、「とりあえず走ればなんとかなる」と本気で思っていた時期です。今思えば、若さだけで押し切っていたものですから。
最初の機動隊時代(若造が一番イキってた頃)
1992年1月 〜 1995年1月
若手の登竜門といわれる機動隊へ。体力だけを武器に、盾を持って走り、こけては怒鳴られ、また走る日々でした。「もっと声出せ!」「まだいける!」しか聞こえてこない世界で、正直言うと、それが普通だと思っていました。当時の僕は、とりあえず前に出れば正解だろうと信じきっていた、一番イキってた時期です。
昇任。少しだけ“大人の階段”を登る
1995年1月 〜 1996年1月
昇任して名札の横に線が一本増えました。見た目だけはちょっと“それらしく”なりましたが、中身は相変わらず現場で走り回ってばかりでした。肩書きだけが先に大人になっていくような、不思議な感覚でしたね。それでも「任されたからにはやるしかないな」と、腹をくくりはじめたのがこの頃だと思います。
巡査部長で地域へ戻る。交番の“おじいちゃん・おばあちゃんの壁”と向き合う
1996年1月 〜 1997年1月
巡査部長として地域警察に戻り、今度は若い警察官をまとめる立場になりました。ところが現場では、おじいちゃん・おばあちゃんのペースには誰も勝てません。巡回に行けば「座れ」「食え」で足止めされ、漬物からプリンまでフルコースで出てくる。事件より先に、人の暮らしと温度を教わった、大事な一年だったと思っています。
再び機動隊へ。そして公安へ。
1997年1月 〜 1999年1月
また機動隊に戻り、その流れで公安警察へ。当時の僕は「なんで俺、こんなに部署の動きが激しいんだ?」と正直言うと薄々思っていました。公安では、いろんな“裏の世界の空気”を肌で感じるようになり、「人間って表と裏でこんなに違うのか」と実感しました。ここで人を見る目が少しずつ変わっていった気がします。
再び昇任。責任の重さがズシッと乗る
1999年1月 〜 2000年1月
再び昇任し、名札の線がまた一本増えました。線は細いのに、責任だけはずっしり重くのしかかるものですから。現場では相変わらず汗だくで走りつつ、「自分の判断ひとつで誰かの人生が変わるかもしれない」という重みをはっきり意識しはじめた時期です。胃薬と少し仲良くなったのも、この頃です。
警部補として地域の“ブロック長・係長”へ
2000年1月 〜 2002年1月
警部補として地域のブロック長・係長を任され、部下の相談から住民トラブルまで、何でも受け止める立場になりました。若い頃に先輩から言われた一言一言が、「ああ、こういうことだったのか」と、ここにきて刺さり直すわけです。現場で走るだけではなく、人を守るために“決めてあげる役目”を覚えた時期でした。
機動隊・小隊長へ(部下の体力が羨ましい時期)
2002年1月 〜 2004年1月
機動隊の小隊長として隊員を率いる立場に。20代の隊員たちが全力疾走していく背中を見て、「若いってすごいな」と何度思ったかわかりません。僕もまだ走れるには走れるのですが、以前のようにはいかない。ですから、技術と経験でカバーしつつ、「前に立つ側の覚悟」というものを身につけていった時期です。
刑事課・暴力犯係へ(“人間の深いところ”と向き合う)
2004年1月 〜 2008年1月
刑事課・暴力犯係に移り、本格的に犯罪の裏側と向き合うことになりました。昼夜逆転、突発対応、突入、取り調べ…ドラマのようでいて、ドラマとは違う重さがあります。夜の街で酒を飲みながら聞いた何気ない一言が、事件を動かすことも多い。人の弱さと本音に、真正面から触れ続けた数年間だったと思います。
県警本部 暴力団対策課(人生で一番濃かった17年)
2008年1月 〜 2025年1月
県警本部の暴力団対策課では、僕の警察人生で一番濃い17年を過ごしました。組事務所や関係先への臨場、情報収集、暴対法に基づく行政処分、事件担当など、表には出ない仕事の連続です。現場では本職から「お前、うちの人間かと思ったわ」と言われることもあり、警察でありながら裏社会からも一目置かれる、不思議な立ち位置でした。携帯電話は一日中鳴り続け、トラブル相談や愚痴、泣き言まで、暴力団側からの“駆け込み寺”のように扱われていた時期もあります。途中2年間は本部生活安全部・人身安全対策課でDVやストーカー事案にも携わり、「人はなぜここまで追い詰められるのか」を考え続けました。振り返ると、暴力刑事に必要なのは、相手の変化を見抜く同察(洞察力)、どんな立場の人にも心を寄せる同情(人の痛みを感じる力)、そして最後は腹をくくって前に立つ同回り(胴回り=腹の据わり)だと、今でも思っているわけです。

